
2025/08/27(水)
AI業界において、小型言語モデル(SLM:Small Language Model)の競争が激化する中、NVIDIAが2025年8月に発表した「Nemotron-Nano-9B-v2」が注目を集めています。このモデルは、中国製のQwen3-8Bをはじめ、Meta社のLlama、Google社のGemma3といった競合モデルを上回る性能を示しており、AI市場における新たな転換点となる可能性があります。
特に興味深いのは、NVIDIAがこのモデルを通じて単なるGPUベンダーから総合的なAIプラットフォーマーへと戦略転換を図っている点です。本記事では、Nemotron-Nano-9B-v2の技術的革新性と、その背景にあるNVIDIAの野心的なビジネス戦略について詳しく解説します。
目次
NVIDIA Nemotron-Nano-9B-v2は、90億パラメータを持つ推論特化型の言語モデルです。このモデルの最大の特徴は、TransformerアーキテクチャとMambaアーキテクチャを組み合わせたハイブリッド構造を採用している点にあります。
従来のTransformerアーキテクチャの大部分の自己注意層をMamba-2層で置き換えることで、推論に必要な長い思考トレースを生成する際のスループットが大幅に改善されています。この技術的革新により、同等サイズの競合モデルと比較して最大6倍の処理速度を実現しているのです。
開発プロセスでは、まず120億パラメータのベースモデルを20兆トークンでプリトレーニングし、その後Minitron戦略を採用してモデルを圧縮・蒸留しています。この手法により、効率性と性能の両立を実現しています。
Nemotron-Nano-9B-v2の性能を理解するために、主要な競合モデルとの比較結果を詳しく見てみましょう。
中国製の高性能SLMとして知られるQwen3-8Bとの比較において、Nemotron-Nano-9B-v2は複数の重要な指標で優位性を示しています。
比較項目 | Nemotron-Nano-9B-v2 | Qwen3-8B |
推論精度 | 同等以上 | ベースライン |
処理速度 | 最大6倍高速 | 標準 |
長文処理 | 優位(差が拡大) | 標準 |
特に複雑な推論タスクにおいて、Nemotron-Nano-9B-v2は数学、科学、コーディングなどの分野でQwen3-8Bと同等かそれ以上の精度を達成しています。さらに、入力シーケンス長が長くなるほど処理速度の差は拡大する傾向を示しており、長文処理や複雑な推論タスクにおいて大きなアドバンテージとなっています。
Google社のGemma3やMeta社のLlamaといった他の主要SLMとの比較においても、Nemotron-Nano-9B-v2は優秀な成績を収めています。
これらの結果から、Nemotron-Nano-9B-v2は現在利用可能なSLMの中でもトップクラスの性能を持つモデルであることが確認できます。
NVIDIAは、Nemotron-Nano-9B-v2のトレーニングに使用したデータセットの大部分を公開しており、これは研究コミュニティにとって非常に価値の高い貢献です。
公開されたデータセットは6.6兆トークンで構成されており、以下の4つのカテゴリーに分類されています:
さらに、合成的に作成されたデータや小規模なサンプル群も含まれており、モデルの汎用性と専門性の両立を図っています。このような詳細なデータセット情報の公開は、研究者や開発者がモデルの特性を理解し、適切な用途に活用するための重要な指針となります。
Nemotron-Nano-9B-v2の大きな魅力の一つは、ファインチューニングやローカル展開が前提として設計されている点です。
このモデルはHugging Face経由でダウンロードが可能で、自分の環境でローカルにダウンロード、トレーニング、ファインチューニングを行うことができます。これにより、企業や研究機関は以下のようなメリットを享受できます:
特に、単一のNVIDIA A10G GPU(22GiB、bfloat16精度)で最大128kトークンの推論が可能という仕様は、多くの企業にとって現実的な導入コストでの運用を可能にしています。
Nemotron-Nano-9B-v2の発表は、単なる新しいAIモデルのリリース以上の意味を持っています。これは、NVIDIAが推進する垂直統合戦略の重要な一環なのです。
NVIDIAは、GPUで最適に動作する高性能モデルを提供することで、ハードウェアとソフトウェアの垂直統合を実現しようとしています。この戦略により、以下のような相乗効果を狙っています:
Nemotron-Nano-9B-v2は、商用ライセンスフレンドリーな設計となっており、エンタープライズ向けSLM市場の獲得を明確に狙っています。企業がAI技術を導入する際の主要な懸念事項である以下の点に対応しています:
NVIDIAは、NemotronモデルファミリーをNVIDIA NIMS(NVIDIA Inference Microservices)という生成AIモデルの管理プラットフォームと連携させることで、より包括的なソリューションを提供しています。
NVIDIA NIMSは、様々なAIモデルを統一的に管理・運用するためのプラットフォームで、以下の機能を提供します:
この統合アプローチにより、NVIDIAはハードウェアの上位レイヤーも掌握し、AI開発から運用まで一貫したソリューションを提供することが可能になります。
NVIDIAのNemotron戦略は、AI市場における同社のポジションを大きく変える可能性があります。2025年3月のGTCにおいて、ジェンスン・フアンCEOが発表したエージェンティックAIとロボット分野を軸とする新戦略の一環として、Nemotronファミリーは重要な役割を果たしています。
NVIDIAは、AIエージェントが2028年までに最大4,500億ドルの収益増加とコスト削減をもたらすと予測しており、Nemotronモデルファミリーはこの戦略の中核を担っています。CrowdStrike、Uber、Zoomなどの業界リーダーが初期採用企業として参加しており、以下の分野での活用が期待されています:
OpenAI、Anthropic、Googleといった競合他社が大型モデル(LLM)に注力する中、NVIDIAは効率性と実用性を重視したSLM戦略で差別化を図っています。この戦略の特徴は以下の通りです:
NVIDIA Nemotron-Nano-9B-v2は、技術的革新とビジネス戦略の両面で注目すべきモデルです。主要なポイントを以下にまとめます:
Nemotron-Nano-9B-v2の登場は、AI業界における新たな競争軸の形成を示唆しています。大型モデルの性能競争から、効率性と実用性を重視した実装可能なAIソリューションへと市場の関心がシフトする中、NVIDIAの戦略は多くの企業にとって魅力的な選択肢となる可能性があります。今後の技術革新と市場展開に注目が集まります。
本記事の内容は、以下の資料も参考にしています:
NVIDIA Nemotron-Nano-9B-v2は、NVIDIAが開発した90億パラメータを持つ推論特化型の小型言語モデル(SLM)です。TransformerアーキテクチャとMambaアーキテクチャを組み合わせたハイブリッド構造を持ち、高い処理速度と精度を実現しています。
Nemotron-Nano-9B-v2は、特に処理速度において優位性があります。Qwen3-8Bと比較して最大6倍高速であり、長文処理や複雑な推論タスクにおいて高い性能を発揮します。また、LiveCodeBenchなどのベンチマークでも高いスコアを記録しています。
Nemotron-Nano-9B-v2はHugging Faceからダウンロードでき、ローカル環境でトレーニングやファインチューニングが可能です。これにより、データプライバシーを確保しつつ、特定の業務や用途に合わせてモデルをカスタマイズできます。単一のNVIDIA A10G GPUでも運用可能です。
NVIDIAはNemotron-Nano-9B-v2を通じて、単なるGPUベンダーから総合的なAIプラットフォーマーへと戦略転換を図っています。ハードウェアとソフトウェアの垂直統合を進め、エンタープライズ向けSLM市場の獲得を目指しています。NVIDIA NIMSとの連携もその一環です。
はい、NVIDIAはNemotron-Nano-9B-v2のトレーニングに使用した6.6兆トークンのデータセットの大部分を公開しています。これには、プレミアムウェブクロールデータ、数学に焦点を当てたデータ、コードデータ、科学・学術・推論・多言語データが含まれています。
Workstyle Evolution代表。18万人超YouTuber&『ChatGPT最強の仕事術』著者。
株式会社Workstyle Evolution代表取締役。YouTubeチャンネル「いけともch(チャンネル)」では、
AIエージェント時代の必須ノウハウ・スキルや、最新AIツールの活用法を独自のビジネス視点から解説し、
チャンネル登録数は18万人超(2025年7月時点)。