
2025/07/23(水)
AIエージェントシステムの構築において、「何でもかんでもGPT-4やGemini 2.5のような大規模言語モデル(LLM)を使えばいい」という考え方が見直されています。NVIDIAが発表した論文「Small Language Model as the Future of Agentic AI」では、タスクごとに最適化された小規模言語モデル(SLM)を活用することで、より効率的で経済的なAIエージェントシステムを構築できると主張しています。
2024年の調査によると、IT企業の半数がAIエージェントを活用していますが、システムの中核となるLLMの運用コストが非常に高く、多くの場合、実際のユースケースにおける機能的要求に対して過剰なスペックとなっているのが現状です。本記事では、なぜSLMがAIエージェントシステムの未来なのか、そして実際にLLMからSLMへ移行するための具体的な方法について詳しく解説します。
目次
SLM(Small Language Model)とは、100億パラメータ以下の比較的小規模な言語モデルのことを指します。従来のLLMが数百億から数兆のパラメータを持つのに対し、SLMは数億から数十億のパラメータで構成されています。
しかし、パラメータ数が少ないからといって性能が劣るわけではありません。例えば、MicrosoftのPhi-3は700億パラメータのモデルと同程度のコーディング能力を発揮し、NVIDIAのNemotronシリーズは300億パラメータでありながら、より大規模なモデルと同等の性能を特定タスクで実現しています。
特に注目すべきは、Googleが発表した2.7億パラメータという非常に小さなGemma 3です。このモデルは普通の会話程度であれば十分に対応可能で、SLMの可能性を示す象徴的な存在となっています。
AIエージェントシステムで実行されるタスクの多くは、以下のような特徴を持っています:
これらのタスクにおいては、創造性や幅広い知識よりも、確実性と効率性が重要になります。SLMは特定のタスクに特化してファインチューニングを行うことで、そのタスクにおいてLLMを上回る性能を発揮することが可能です。
SLMの最大の利点は運用特性にあります。小さなモデルを長期間使用することで、以下のメリットが得られます:
私は、専門分野ごとに小さなAIをレゴのように組み合わせるモジュール方式が、最も安価で効率的なエンジンを作れる方法だと考えています。例えば:
このように、タスクごとに最適化されたSLMを組み合わせることで、全体として高性能かつ経済的なAIエージェントシステムを構築できます。
しかしながら、SLMの導入には以下のような課題も存在します。
多くの企業では、すでにLLMに対して大きな投資を行っており、LLMを使用することが前提となったシステムが構築されています。これらの既存システムからSLMへの移行には、追加的な投資と時間が必要になります。
SLMの開発効果は依然として汎用的なベンチマークに依存しており、SLMはLLMほどマーケティングや注目を集めていないため、その経済的利点が広く認識されていません。
また、運用コストは低くても実装コストが高いという問題があります。具体的には:
GPT-4を使えば簡単に済むところを、複数のSLMを組み合わせることで、これらの様々なコストが発生し、整合性を取りにくくなるのが現実的な課題です。
NVIDIAの論文では、既存のLLMベースのエージェントをSLMに移行するための具体的なアルゴリズムが提示されています。このアプローチは非常に実践的で、段階的な移行を可能にします。
まず、現在のエージェントシステムにおけるすべての呼び出しをログとして記録・収集します。これにより、実際にどのようなタスクがどの程度の頻度で実行されているかを把握できます。
次に、収集したログデータに対してクラスタリング分析を用いて、繰り返されるパターンやタスクを確認します。この分析により、以下のことが明らかになります:
特定されたタスクパターンに対して適切なSLMを選択し、収集したデータでファインチューニングを実行します。この段階では、タスクの特性に応じて最適なモデルアーキテクチャを選択することが重要です。
NVIDIAの研究では、3つの人気オープンソースエージェントを分析し、SLMで代替可能なタスクの割合を調査しました。その結果は以下の通りです:
エージェント名 | SLMで代替可能な割合 |
MetaGPT | 60% |
OpenDevin | 40% |
CrewAI | 70% |
この結果は、「全部なんでもかんでもGPT-4やGemini 2.5を使う必要はない」という主張を裏付ける重要なデータです。多くのタスクにおいて、SLMで十分な性能を発揮できることが実証されています。
SLMの導入効果は、プロジェクトの規模によって大きく異なります:
大規模プロジェクトの場合:コミュニケーションコスト、意思決定コスト、実装コストを考慮しても、長期的な運用コスト削減効果が上回るため、SLMの導入は非常に有効です。
小規模プロジェクトの場合:細かい案件では、様々なコストの整合性を取ることが難しく、現実的な技術選択として課題があります。この場合は、既存のLLMを活用する方が効率的な場合もあります。
SLMの大きな利点の一つは、セキュリティ面での優位性です。内部でモデルを運用することで、以下のメリットが得られます:
特に、医療や金融といった高いセキュリティが求められる業界では、この特性が決定的な優位性となります。
これからのAIエージェント開発では、「タスクのパーツに合わせてAIを選んでいく能力」が重要になります。具体的には:
このような判断を適切に行い、最適なモデル構成を設計する能力が、今後のAI活用において競争優位性を生み出す重要な要素となるでしょう。
SLMを活用したAIエージェントシステムの構築は、以下の点で大きなメリットをもたらします:
一方で、実装コストやコミュニケーションコストといった課題も存在するため、プロジェクトの規模や要件に応じて適切に判断することが重要です。
AIを活用する個人や組織にとって、この技術は絶対に習得すべきスキルです。特に大規模なプロジェクトや、自分の範囲で非常にローコストなオペレーションを組みたい場合には、SLMの活用が大きな競争優位性をもたらすでしょう。
本記事の内容は、以下の資料も参考にしています:
SLM(Small Language Model)とは、100億パラメータ以下の比較的小規模な言語モデルのことです。従来のLLMが数百億から数兆のパラメータを持つのに対し、SLMは数億から数十億のパラメータで構成されています。タスクに特化してファインチューニングすることで、LLMを上回る性能を発揮することが可能です。
SLM導入のメリットは、処理速度の向上、運用コストの削減、セキュリティの強化、タスク特化による性能向上などが挙げられます。特に、反復的で範囲が限定されたタスクにおいては、LLMよりも効率的に処理できる場合があります。また、内部でモデルを運用することで、データの外部流出リスクを軽減できます。
LLMからSLMへの移行は、まず現在のエージェントシステムにおけるすべての呼び出しをログとして記録・収集します。次に、収集したログデータに対してクラスタリング分析を用いて、繰り返されるパターンやタスクを特定します。そして、特定されたタスクパターンに対して適切なSLMを選択し、収集したデータでファインチューニングを実行します。
SLM導入の課題として、既存のLLMへの投資との整合性、開発・実装コストの高さが挙げられます。特に、複数のSLMを組み合わせる場合、モデル選択、チーム内でのコミュニケーション、タスクごとのモデル判断、システム統合など、様々なコストが発生し、整合性をとるのが難しい場合があります。
SLMの導入効果はプロジェクトの規模によって異なり、大規模プロジェクトの場合、コミュニケーションコスト、意思決定コスト、実装コストを考慮しても、長期的な運用コスト削減効果が上回るため、SLMの導入は非常に有効です。小規模プロジェクトの場合は、既存のLLMを活用する方が効率的な場合もあります。
Workstyle Evolution代表。18万人超YouTuber&『ChatGPT最強の仕事術』著者。
株式会社Workstyle Evolution代表取締役。YouTubeチャンネル「いけともch(チャンネル)」では、 AIエージェント時代の必須ノウハウ・スキルや、最新AIツールの活用法を独自のビジネス視点から解説し、 チャンネル登録数は18万人超(2025年7月時点)。