
2025/07/25(金)
AI技術の急速な発展とともに、ChatGPTやGPT-4などの大規模言語モデル(LLM)が私たちの日常に浸透しています。しかし、これらのモデルが時として「もっともらしいが間違った情報」を自信満々に生成する「ハルシネーション」という現象が、深刻な課題として浮上しています。
2025年9月、OpenAIの研究者アダム・タウマン・カライ氏らが発表した論文「Why Language Models Hallucinate」は、この問題の根本的な要因を理論的に解明し、業界に大きな衝撃を与えました。この研究により、ハルシネーションは単なる技術的な不具合ではなく、現在のAI開発プロセスに内在する構造的な問題であることが明らかになったのです。
本記事では、この画期的な論文の内容を詳しく解説し、なぜハルシネーションが起こるのか、そして私たちはこの問題とどう向き合うべきかを考察します。
目次
OpenAIの研究によると、LLMのハルシネーションは主に2つの段階で発生することが判明しました。
第一の段階は、モデルが膨大なテキストデータからパターンを学習する「事前学習」の段階です。この段階では、以下のような要因でハルシネーションが発生します:
研究では、この現象を「Is-It-Valid分類器」という概念で説明しています。これは、モデルが内部的に「この出力は有効か?」を判断する機能のことで、この分類器が誤分類を起こす統計的要因が、そのまま言語モデルの生成エラーにつながるのです。
第二の段階は、モデルがより人間らしい対話能力を身につける「後続訓練」の段階です。ここでの問題は、現在の評価方法にあります:
この構造により、モデルは「信頼性の高いAIシステム」ではなく「良い試験受験者」として機能してしまうのです。
事前学習段階でのハルシネーション発生メカニズムをより詳しく見てみましょう。
言語モデルの事前訓練では、標準的な交差エントロピー損失という目的関数が使用されます。この関数は、モデルが自身の予測に対して適切に「キャリブレーション」されること、つまりモデルの確信度と実際の正確さが一致することを目指します。
しかし、この仕組みには重要な副作用があります。モデルがキャリブレーションされると、不確実な状況下では「正解が分からない場合でも何らかの推測を出力する」ことが統計的に自然な結果となってしまうのです。
要因 | 説明 | 具体例 |
恣意的事実 | データにパターンがない、または非常に少数の事実 | 特定の研究者の誕生日、マイナーな歴史的事実 |
モデルの表現能力限界 | トークン単位での処理による文字レベルの処理困難 | 「DEEPSEEK」に含まれる「D」の文字数カウント |
訓練データの品質問題 | 元データに含まれる誤った情報や不確実な情報 | ガベージイン・ガベージアウト現象 |
分布シフト | 訓練時に見たことのない新しい種類の質問や文脈 | 「綿一ポンドと鉛一ポンドはどちらが重いか」 |
後続訓練段階での問題は、より理解しやすく、同時により深刻です。
既存の評価ベンチマークの圧倒的多数は、以下のような問題を抱えています:
一部の新しい評価手法では改善が見られます。例えば、WildBenchという評価では「分からない」という回答に3-4点、ハルシネーションを含むがまともな回答に5-6点を与えるなど、より適切な評価を試みています。
この問題をさらに複雑にしているのは、AI開発者が直面する現実的な制約です:
ハルシネーション問題の解決は、単純ではありません。対策を講じる際には、重要なトレードオフが存在します。
理論的には、以下のような対策が考えられます:
しかし、これらの対策には以下のようなデメリットも存在します:
論文では、この問題について「一貫性と網羅性の間に本質的なトレードオフがある」と指摘しています。常に「分からない」と答えるモデルはエラーを起こしませんが、言語モデルとしての基本的な目標である密度推定に失敗してしまうのです。
この構造的問題を理解した上で、私たちはどのように対応すべきでしょうか。
現状では、個別のユーザーレベルでできることは限られていますが、以下のような対応が有効です:
OpenAIがこの論文を発表したことで、業界全体での改善が期待されます:
論文では、技術的な解決策として以下のようなアプローチを提案しています:
OpenAIの論文により明らかになったLLMハルシネーションの根本的要因は、以下のようにまとめることができます:
この研究成果は、AI技術の発展において重要な転換点となる可能性があります。ハルシネーション問題の根本的理解により、より信頼性の高いAIシステムの開発に向けた道筋が見えてきました。今後は、技術的改善と社会的制度の両面からのアプローチが求められるでしょう。
本記事の内容は、以下の資料も参考にしています:
LLM(大規模言語モデル)のハルシネーションとは、AIがもっともらしいものの、実際には間違った情報を自信満々に生成する現象のことです。これは、AI開発における深刻な課題として認識されています。
OpenAIの研究によると、LLMのハルシネーションは主に2つの段階で発生します。1つは、事前学習段階での統計的な必然性によるもの、もう1つは、後続訓練段階での評価システムの問題によるものです。特に、データにパターンがない事実や、評価ベンチマークが不確実性を軽視していることが原因として挙げられます。
LLMのハルシネーションを防ぐためには、データ品質の向上、評価システムの改革(三値分類システムの導入など)、不確実性の適切な評価などが考えられます。ただし、これらの対策は既存の評価基準での性能低下や、生成コンテンツの多様性低下といったデメリットも伴う可能性があります。
LLMがハルシネーションを起こす構造的な問題は、事前学習段階において、統計的な必然性から恣意的な事実や希少なデータに対して誤った情報を生成しやすいこと、そして後続訓練段階において、現在の評価ベンチマークが「分からない」という回答よりも「推測」を奨励する設計になっていることです。
現状では、AIが提供する情報について、他の信頼できる情報源で事実確認を徹底すること、事実確認が必要な情報には検索エンジンを使用し、創造的なタスクやアイデア出しにAIを活用すること、そしてAIには「分からなくても何とか回答しようとする特性がある」ことを理解した上で利用することが有効です。
Workstyle Evolution代表。18万人超YouTuber&『ChatGPT最強の仕事術』著者。
株式会社Workstyle Evolution代表取締役。YouTubeチャンネル「いけともch(チャンネル)」では、 AIエージェント時代の必須ノウハウ・スキルや、最新AIツールの活用法を独自のビジネス視点から解説し、 チャンネル登録数は18万人超(2025年7月時点)。