自動車業界において、AIの活用は単なる効率化を超えた新たな段階に入っています。Honda独自の企業文化である「ワイガヤ」から着想を得たマルチエージェント型AIシステムの研究論文が、AI分野の世界的な会議「ICLR 2025 Workshop Agentic AI」で採択されました。
この研究は、複数のAIエージェントが専門家のように議論し合うことで、従来の単一AIでは解決困難な複雑な課題に取り組む革新的なアプローチを提示しています。
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マルチエージェント型AIシステムは、それぞれ異なる役割と知識を持つ複数のAIエージェントが協力してタスクを完了する手法です。専門家チームが集まって議論するように、AIエージェント同士が討論し、互いの知見を交換しながら課題解決に向けて進んでいきます。
従来の単一エージェントシステムとは異なり、マルチエージェントシステムは分散型の意思決定を特徴としています。中央集権的な制御ではなく、各エージェントが自律的に判断し、協調することで、より柔軟で堅牢なシステムを実現します。
このシステムの最大の強みは、役割分担によるチームワークにあります。単一のAIでは対応困難な領域も、専門性を持つ複数のエージェントが連携することで効果的にアプローチできるのです。

Hondaの研究チームは、同社独自の企業文化である「ワイガヤ」をマルチエージェント型AIシステムの設計に活用しました。ワイガヤとは、自由で活発な議論を通じて独創的な考え方や解決方法を見つけ出すHonda特有の企業文化です。
この文化の核心は、単なる議論ではなく、全ての参加者の価値と議論の価値を最大化することを目指している点にあります。階層や立場に関係なく、誰もが自由に意見を述べ、多様な視点から課題にアプローチする環境を作り出しています。
研究チームは、このワイガヤの精神をAIシステムに応用することで、従来の中央集権的なAIとは一線を画すアプローチを実現しました。各部門に蓄積されたデータ(エンジン、ボディ、NV(騒音・振動)など)は、それぞれユニークで部門固有の知恵を持っています。これらのデータを独立した生成AIにインプットすることで、各部門の知恵を持つ専門家AIエージェントを構築したのです。

Honda の研究では、AIエージェント間の議論スタイルとして4つの異なるアプローチを設定し、その効果を検証しました。
| コミュニケーションスタイル | 特徴 | メリット | デメリット | 
|---|---|---|---|
| 分散型(Decentralized) | 全エージェントが自由に意見交換 | 多様な視点の統合、創発的な解決策 | 議論の収束が困難 | 
| 中央集約型(Centralized) | スーパーバイザーが各エージェントに話を振り、まとめる | 効率的な進行、一貫性の確保 | 創発的な議論が生まれにくい | 
| 階層型(Hierarchical) | 各階層で議論したものを上位に渡す | 構造化された情報フロー | 柔軟性の欠如 | 
| 共有プール型(Shared Pool) | 全エージェントが共有された会話履歴にアクセス | 情報の一貫性、議論の安定性 | 情報過多による混乱 | 

研究結果では、分散型のコミュニケーションスタイルが特に高く評価されました。この手法では、多様な意見が最初に交わされて広がり、その後自然に統合される傾向が確認されています。
分散型システムの優位性は、マルチエージェントAI研究の一般的な知見とも一致しています。マルチエージェントシステムアーキテクチャの研究によると、分散型アプローチは以下の利点を提供します:
ただし、Honda の研究チームは、AIエージェント同士でワイガヤスタイルの効果的な議論を行う設定には多くの課題があったと振り返っています。議論をどう収束させるのか、そのためにどこまでのデータを参照するのか、前提の違いをどのように設定するのかといった技術的な深さが重要であることが明らかになりました。

自動車には燃費、環境性能、デザインなど多様な性能が求められますが、これらは相反することも少なくありません。現場では専門家が知見と根拠を交えてバランスを探る議論が行われていますが、そこでAI活用が広がりつつあります。
蓄積された関連データや知見をもとに、AIが技術を説明するプロセスが社内導入され始めており、将来的にはAIエージェント同士が専門家に代わって議論する手法の実用化も視野に入っています。
現在、社内ではさまざまなアプリケーションが存在していますが、マルチエージェント型AIでこれらを連携させることで、より高度な議論が可能になると期待されています。例えば、デザインに関する相談をした際に、デザイン面を考慮した提案を受けられるような応用が検討されています。

AI分野の研究は大手プラットフォーマーが圧倒的な存在感を示しており、社内には「自分たちでは無理なのではないか」という空気もありました。しかし、今回の採択により、Hondaからも世界に通用する技術が出せることを証明できました。
この成果は、製造業におけるAI研究の新たな可能性を示しています。自動車設計におけるマルチエージェントAIフレームワークの研究でも示されているように、従来の設計プロセスを大幅に短縮し、週単位の作業を分単位に圧縮する可能性が実証されています。

Honda の研究チームは、今後の展開として以下の方向性を示しています:
システム統合の拡大:現在社内に散在するさまざまなアプリケーションをマルチエージェント型AIシステムで連携させることで、より包括的な議論と提案が可能になります。
人間とAIの協働:分散型マルチエージェントAIシステムと人間を組み合わせることで、ユーザーがAIエージェント間の議論に参加できる仕組みの構築を目指しています。これにより、個人の想像力の限界を超えた革新的な開発が可能になると期待されています。
コミュニケーション形態の研究:単一分野の知識を蓄積したAIエージェントにとって最も効果的なコミュニケーション形態の研究も進められています。AIエージェント同士の議論が良いのか、人間を含めた方が良いのかといった根本的な問いに取り組んでいます。
この研究の影響は自動車業界を超えて広がる可能性があります。マルチエージェントアーキテクチャの応用例を見ると、文書処理、市場分析、個人向けトレーニングなど、様々な分野での活用が期待されています。

Hondaの「ワイガヤ文化」から生まれたマルチエージェント型AIシステムの研究は、以下の重要な示唆を提供しています:
この研究は、AIが単なる自動化ツールを超えて、人間の創造性を拡張し、新たな価値創造を支援する存在になる可能性を示しています。Honda独自のアプローチが、今後のAI開発における新たなパラダイムを提示する重要な一歩となることが期待されます。
本記事の作成にあたり、以下の情報源を参考にしています:
マルチエージェント型AIシステムは、それぞれ異なる役割と知識を持つ複数のAIエージェントが協力してタスクを完了するシステムです。各エージェントは自律的に判断し、互いの知見を交換しながら課題解決に向けて進みます。従来の単一AIシステムと異なり、分散型の意思決定を特徴としています。
Hondaの「ワイガヤ文化」は、自由で活発な議論を通じて独創的な考え方や解決方法を見つけ出す企業文化です。この文化をAIシステムに応用することで、各部門の知恵を持つ専門家AIエージェントを構築し、従来の中央集権的なAIとは異なるアプローチを実現しました。
分散型コミュニケーションでは、多様な意見が最初に交わされて広がり、その後自然に統合される傾向があります。これにより、システムは堅牢性を向上させ、新しいエージェントを容易に追加できる高いスケーラビリティ、そして変化への自律的な適応能力を持つことができます。
自動車開発では、燃費、環境性能、デザインなど多様な性能が求められますが、AIが技術を説明するプロセスを社内導入することで、AIエージェント同士が専門家に代わって議論する手法の実用化が期待されています。例えば、デザインに関する相談をした際に、デザイン面を考慮した提案を受けられるような応用が検討されています。
マルチエージェント型AIシステムの実装には、エージェント間の効果的なコミュニケーション設定が重要です。具体的には、議論を適切なタイミングで結論に導く仕組み、各エージェントが参照すべきデータ範囲の最適化、異なる専門分野のエージェント間での共通理解の構築などが課題となります。
    Workstyle Evolution代表。18万人超YouTuber&『ChatGPT最強の仕事術』著者。
株式会社Workstyle Evolution代表取締役。YouTubeチャンネル「いけともch(チャンネル)」では、 AIエージェント時代の必須ノウハウ・スキルや、最新AIツールの活用法を独自のビジネス視点から解説し、 チャンネル登録数は18万人超(2025年7月時点)。