AIエージェントシステムの設計において、「マルチエージェントにすれば必ず性能が向上する」という考えは誤りです。Googleの最新研究論文「Towards a Science of Scaling Agent Systems」が明らかにしたのは、エージェントシステムの効果はタスクの性質、モデル性能、コストパフォーマンスの三要素によって決まるという事実でした。
この研究では180の異なる条件下で徹底的な比較実験を行い、マルチエージェントシステムが優れている場面と、むしろシングルエージェントの方が効果的な場面を定量的に明らかにしました。その結果、「エージェントの数を増やせば良い」という単純な発想では、かえって性能低下やコスト増大を招くことが判明したのです。
本記事では、この画期的な研究結果をもとに、あなたのプロジェクトに最適なエージェント設計を選択するための具体的な指針をお伝えします。読み終える頃には、タスクの特性を見極め、コストと性能のバランスを取りながら、真に効果的なAIエージェントシステムを構築できるようになるでしょう。
目次

Googleの研究チームが導き出したエージェントシステムのスケーリング三原則は、私たちがこれまで経験則に頼っていた設計判断を、科学的根拠に基づく意思決定へと変革します。
第一の原則は「ツールを多用するタスクほど、マルチエージェントの連携オーバーヘッドによる悪影響を受けやすい」というものです。研究では、16種類のツールを使用するソフトウェア工程タスクにおいて、マルチエージェントシステムの効率が著しく低下することが確認されました。
なぜなら、マルチエージェントシステムでは各エージェントのトークン予算が分散されるため、複雑なツール操作に必要な十分な処理能力を確保できなくなるからです。例えば、ブラウザ操作、API呼び出し、データベースアクセスなど多数のツールを駆使する必要があるタスクでは、シングルエージェントの方が一貫した処理を実現できます。
第二の原則として、シングルエージェントの正答率が45%を超えると、マルチエージェントによる改善効果が減少し、場合によってはマイナスになることが明らかになりました。この45%という閾値は、複雑なタスクを最後まで完遂できたか、または事実に基づいて正確に回答できたかという基準で測定されています。
この現象は、既に十分な能力を持つエージェントに対して、連携のオーバーヘッドがメリットを上回ってしまうことを意味します。つまり、現在のモデル自体の限界に達している状況では、エージェントシステムを複雑化しても効果は期待できないということです。
この場合、そもそもAIエージェントの仕組みではなく「いまのモデルの限界」に起因しているため、AIだけではなく、それ以外の対応を考えるべき、ということです。
第三の原則では、アーキテクチャによってエラーの拡散パターンが劇的に変わることが示されました。独立型アーキテクチャではエラーが17.2倍に増幅される一方、中央集約型アーキテクチャでは4.4倍に抑制されます。
独立型では個々のエージェントのミスが検証なしに最終出力まで伝播するのに対し、中央集約型ではオーケストレーターが各エージェントの出力を検証してから統合するため、エラーの連鎖を防げるのです。

研究結果から、タスクの分解可能性がエージェントシステムの性能を左右する最も重要な要因であることが判明しました。
マルチエージェントシステムが威力を発揮するのは、以下のような特徴を持つタスクです:
これらのタスクでは、各エージェントが独立して作業を進められるため、連携コストが性能向上効果を上回ることはありません。
一方で、以下のような特徴を持つタスクでは、マルチエージェントシステムの性能が著しく低下します:
これらのタスクでは、エージェント間の連携コストが性能向上効果を圧迫し、結果的にシングルエージェントよりも劣る結果となってしまいます。

研究では4つの異なるベンチマークでの詳細な性能比較が行われ、ドメインによって最適なアーキテクチャが大きく異なることが明らかになりました。
金融エージェントのタスクでは、すべてのマルチエージェントアーキテクチャがシングルエージェントを大幅に上回りました:
| アーキテクチャ | 性能向上率 | 特徴 |
| 中央集約型 | +80.8% | 最も高い性能を実現 |
| 分散型 | +74.5% | 安定した高性能 |
| ハイブリッド型 | +73.1% | 柔軟性と性能のバランス |
この結果は、構造化された経済ドメインにおいて、分散推論と並列処理が大きなアドバンテージをもたらすことを示しています。複数の市場要因を同時に分析し、それらを統合して投資判断を行うという金融分析の特性が、マルチエージェントシステムの強みと合致したのです。
一方、PlanCraftというゲーム計画タスクでは、すべてのマルチエージェントバリアントが性能低下を示しました:
この結果は、逐次的な制約充足が必要なタスクにおいて、連携オーバーヘッドが推論能力を圧迫することを明確に示しています。ゲーム計画では、前の手の結果が次の選択肢を制限するため、分散処理のメリットを活かせないのです。
ブラウザ操作タスクでは、分散型マルチエージェントが最も高いパフォーマンスを示し、+9.2%の性能向上を実現しました。これは、動的なウェブナビゲーションにおいて、高エントロピーな検索空間の並列探索が効果的であることを示しています。

エージェントシステムの設計において、性能だけでなくコストパフォーマンスの観点も極めて重要です。研究では、アーキテクチャ選択がトークン消費量に与える影響も詳細に分析されました。
シングルエージェントシステムは、非常に少ないトークン消費量で動作します。これは、エージェント間の連携に必要なメッセージ交換や、重複する処理が発生しないためです。特に、予算制約のあるプロジェクトや、大量のタスクを処理する必要がある場合、この特性は決定的な優位性となります。
マルチエージェントシステムでは、以下の要因によりコストが増大します:
ただし、タスクが並列分解可能で、かつシングルエージェントの性能が45%以下の場合は、コスト増加を上回る性能向上効果が期待できます。例えば、10%の性能しか出せないタスクをマルチエージェントシステムで50%まで向上できれば、コスト増加は十分に正当化されます。

研究結果を踏まえ、実際のプロジェクトで最適なエージェントアーキテクチャを選択するための具体的なフレームワークをご紹介します。
まず、あなたのタスクが以下のどちらに該当するかを判断してください:
並列分解可能なタスク:
逐次処理が必要なタスク:
シングルエージェントでタスクを実行し、正答率を測定してください。この値が45%を超える場合、マルチエージェント化による改善効果は限定的になる可能性が高いです。
逆に、正答率が10-20%程度の場合は、適切に設計されたマルチエージェントシステムにより大幅な性能向上が期待できます。
タスクで使用するツールの数と複雑さを評価してください。多数のツールを駆使する必要がある場合、マルチエージェントの連携オーバーヘッドが性能を圧迫する可能性があります。
特に、以下のような場合は注意が必要です:
プロジェクトの予算制約を明確にし、以下の要素を検討してください:

最適なアーキテクチャが決定したら、以下の指針に従って実装を進めてください。
以下の条件に該当する場合は、シングルエージェントアーキテクチャを選択することをお勧めします:
以下の条件が揃った場合は、マルチエージェントアーキテクチャが効果的です:
マルチエージェントアーキテクチャを採用する場合、以下の基準で具体的な構成を選択してください:
中央集約型が適している場合:
分散型が適している場合:

Googleの研究が明らかにしたのは、エージェントシステムの設計は科学であり、経験則ではないということです。以下の要点を押さえることで、真に効果的なAIエージェントシステムを構築できます:
これらの科学的知見を活用することで、あなたのプロジェクトに最適なエージェントアーキテクチャを選択し、真に価値のあるAIシステムを構築できるでしょう。「マルチエージェントは万能」という思い込みを捨て、データに基づく合理的な設計判断を行うことが、成功への鍵となります。
本記事の作成にあたり、以下の情報源を参考にしています:
マルチエージェントシステムは、独立した調査作業、分散型の金融分析、多角的な情報収集など、タスクを並列処理できる場合に適しています。各エージェントが独立して作業を進められるため、連携コストが性能向上効果を上回ることがありません。
シングルエージェントシステムは、段階的な計画立案、制約充足問題、文脈依存の推論など、逐次処理が必要なタスクに適しています。エージェント間の連携コストが性能向上効果を圧迫し、結果的にシングルエージェントの方が優れている場合があります。
シングルエージェントの正答率が45%を超えると、マルチエージェントによる改善効果が減少し、場合によってはマイナスになることがあります。これは、既に十分な能力を持つエージェントに対して、連携のオーバーヘッドがメリットを上回ってしまうためです。
マルチエージェントシステムでは、エージェント間の連携に必要なメッセージ交換、複数のエージェントが類似の推論を行うことによる重複処理、オーケストレーターによる指示や結果統合に必要な調整コストなどが発生します。これらのコストを考慮し、性能向上効果がコスト増加を上回るか検討する必要があります。
中央集約型はエラー耐性が重要な場合や、一貫した品質管理が必要な場合に適しています。分散型は高い並列性が求められる場合や、動的な環境での柔軟な対応が必要な場合に適しています。タスクの特性に合わせて選択することが重要です。
Workstyle Evolution代表。18万人超YouTuber&『ChatGPT最強の仕事術』著者。
株式会社Workstyle Evolution代表取締役。YouTubeチャンネル「いけともch(チャンネル)」では、 AIエージェント時代の必須ノウハウ・スキルや、最新AIツールの活用法を独自のビジネス視点から解説し、 チャンネル登録数は18万人超(2025年7月時点)。