LLMの計算結果が毎回変わる根本原因とは? Thinking Machineが解明した決定論性問題の解決策 - 生成AIビジネス活用研究所

LLMの計算結果が毎回変わる根本原因とは? Thinking Machineが解明した決定論性問題の解決策

LLMの計算結果が毎回変わる根本原因とは? Thinking Machineが解明した決定論性問題の解決策

大規模言語モデル(LLM)を使っていて、「同じ質問をしているのに、なぜ毎回違う答えが返ってくるのだろう?」と疑問に思ったことはありませんか?この現象は、AI技術の信頼性や再現性を脅かす重大な課題として、多くの研究者や企業が頭を悩ませてきました。

実は、この問題の根本原因が、元OpenAIのCTOだったMira Murati氏が設立したThinking Machines社によって解明されました。同社は企業へのAI導入支援をミッションとするベンチャー企業で、設立からわずかな期間で100億ドルを超える評価額を獲得したモンスターベンチャーです。

本記事では、LLMの計算結果が毎回変わってしまう技術的な仕組みと、その解決策について詳しく解説します。この問題を理解することで、より安定したAIシステムの構築や、信頼性の高いAI活用が可能になるでしょう。

LLMの非決定性問題とは何か?

LLMの非決定性問題とは何か?

LLMの非決定性とは、同一の入力に対して毎回異なる応答を返す現象のことです。例えば、ChatGPTに「今日の天気について教えて」と同じ質問を複数回投げかけても、表現や内容が微妙に異なる回答が返ってくることがあります。

この現象は単なる仕様ではなく、科学研究や企業利用における信頼性や再現性を脅かす重大な技術課題となっています。特に、正確性が求められるビジネス用途や研究分野では、この不安定性が深刻な問題となっているのです。

一般的に考えられていた原因

従来、この問題の原因として以下のような仮説が提示されていました:

  • サンプリング処理:確率分布の中から確率的にトークンを選ぶため
  • 並列処理と浮動小数点計算の組み合わせ:GPUの並列処理による計算順序の違い
  • 温度パラメータの設定:ランダム性を制御するパラメータの影響

しかし、興味深いことに、理論上最も確率の高いトークンを選ぶように温度パラメータを0に設定しても、実際には非決定性が完全に除去されないことが判明しています。つまり、サンプリング処理だけでは説明しきれない、より深い技術的な問題が存在していたのです。

真の原因:バッチ不変性の欠如

真の原因:バッチ不変性の欠如

Thinking Machines社の研究により、LLMの非決定性の真の原因が明らかになりました。それは「バッチ不変性の欠如」です。

バッチ不変性とは

バッチ不変性とは、処理するデータのバッチサイズ(一度に処理するデータの量)が変わっても、同じ入力に対して同じ結果が得られる性質のことです。

LLMのサーバーでは、複数のユーザーからのリクエストを効率的に処理するため、これらのリクエストをまとめて「バッチ」として処理します。しかし、現在の実装では、このバッチサイズが変動することで計算結果が変わってしまうという問題が発生しているのです。

なぜバッチサイズで結果が変わるのか

この問題の根本には、GPUカーネル(GPU内で動作する小さなプログラム)の実装方法があります。本来、カーネルは決定論的に動作するように設計されているはずですが、ユーザーのリクエストが同時に処理されることによって、この決定論性が担保されていない状況が生じています。

具体的には、以下のような流れで問題が発生します:

  1. ユーザーがプロンプトを入力
  2. サーバーに送信され、他のユーザーの情報と一緒にバッチ処理
  3. LLMによる計算処理(ここで問題が発生)
  4. サンプリングによるトークン生成
  5. 回答の返却

この流れの中で、ステップ3の「LLMによる計算処理」の部分で、バッチサイズの変動により計算結果が変わってしまうのです。

技術的な詳細:並列処理と浮動小数点演算の問題

技術的な詳細:並列処理と浮動小数点演算の問題

より技術的な観点から見ると、この問題は並列処理と浮動小数点演算の非結合性(非可換性)に起因しています。

特に問題となるのは、以下の3つの操作です:

操作問題の内容
RMSNorm正規化処理でのリダクション計算における計算順序の違い
行列乗算データ並列処理での集約操作における分割方法の変化
アテンション機構特にKVキャッシュ処理での分割戦略の違い

これらの操作では、バッチサイズの変動により並列処理の方法が変わり、結果として異なる計算結果が生成されてしまいます。

解決策:バッチ不変性を持つカーネルの実装

解決策:バッチ不変性を持つカーネルの実装

Thinking Machines社が提示した解決策は、バッチ不変性を持つカーネルの実装です。

技術的なアプローチ

解決策の核心は、以下の要素の改良にあります:

  • 行列の掛け算部分の対応:計算順序を一定に保つアルゴリズムの実装
  • アテンション機構の改良:バッチサイズに依存しない処理方法の確立
  • RMSNormの一貫した削減順序:正規化処理での計算順序の統一

実装の難易度と現実性

この解決策について、技術的な実現可能性を評価すると:

  • 実現可能性:簡単ではないが、技術的には可能
  • 課題:速度と性能と不変性の両立が困難
  • 現実性:できないことはないが、トレードオフの調整が必要

つまり、LLMの計算結果が毎回変わってしまうという問題は、対応可能な技術的課題であり、完全に解決不可能な問題ではないということです。

実用化に向けた課題と展望

実用化に向けた課題と展望

性能とのトレードオフ

バッチ不変性を実現する上で最大の課題は、推論速度との両立です。決定論的な処理を実現するためには、並列処理の効率性を一部犠牲にする必要があり、これが推論速度の低下につながる可能性があります。

現実的な解決策としては、以下のようなアプローチが考えられます:

  • 用途別の最適化:高精度が求められる用途では決定論性を優先し、速度が重要な用途では従来の方式を使用
  • ハイブリッド実装:重要な計算部分のみバッチ不変性を適用し、他の部分は高速処理を維持
  • ハードウェアの進歩:GPU性能の向上により、決定論的処理でも十分な速度を確保

業界への影響

この技術的解決策が実用化されれば、以下のような分野で大きな影響が期待されます:

  • 科学研究:実験の再現性が向上し、より信頼性の高い研究結果が得られる
  • 企業システム:AIを組み込んだビジネスプロセスの安定性が向上
  • 医療・金融:高い信頼性が求められる分野でのAI活用が促進

まとめ

まとめ

LLMの計算結果が毎回変わってしまう問題について、重要なポイントを整理します:

  • 真の原因:従来考えられていたサンプリング処理ではなく、「バッチ不変性の欠如」が根本原因
  • 技術的メカニズム:バッチサイズの変動により、GPUカーネルでの並列処理と浮動小数点演算の組み合わせで計算順序が変わり、結果が変動
  • 解決策:バッチ不変性を持つカーネルの実装により、技術的には解決可能
  • 課題:速度と性能と不変性の両立が困難だが、不可能ではない
  • 意義:この問題の解決により、AIシステムの信頼性と再現性が大幅に向上する可能性

元OpenAIのCTOが率いるThinking Machines社による研究成果は、LLMの実用性向上に向けた重要な一歩と言えるでしょう。今後、この技術的解決策がどのように実装され、AI業界全体にどのような変化をもたらすか、注目していく必要があります。

参考リンク

本記事の内容は、以下の資料も参考にしています:

📺 この記事の元となった動画です

よくある質問(FAQ)

Q1 LLMの非決定性とは何ですか?

LLM(大規模言語モデル)の非決定性とは、同じ質問をしても毎回異なる回答が返ってくる現象のことです。これは、AIの信頼性や再現性を損なうため、重要な課題とされています。

Q2 LLMの計算結果が毎回変わる真の原因は何ですか?

LLMの計算結果が毎回変わる根本的な原因は、「バッチ不変性の欠如」です。これは、LLMがユーザーのリクエストをまとめて処理する際に、バッチサイズ(一度に処理するリクエストの数)が変動することで計算結果が変わってしまうという問題です。

Q3 バッチ不変性とはどういう意味ですか?

バッチ不変性とは、処理するデータのバッチサイズが変わっても、同じ入力に対して常に同じ結果が得られる性質のことです。LLMでは、このバッチ不変性が欠如しているために、計算結果が毎回異なってしまうことがあります。

Q4 LLMの非決定性問題を解決する方法はありますか?

Thinking Machines社は、バッチ不変性を持つカーネルを実装することで、LLMの非決定性問題を解決できると提案しています。具体的には、行列の掛け算、アテンション機構、RMSNormといった主要な計算処理において、バッチサイズに依存しない処理方法を確立することが重要です。

Q5 LLMの非決定性問題が解決されると、どのようなメリットがありますか?

LLMの非決定性問題が解決されると、科学研究における実験の再現性が向上したり、企業システムにおけるAIの安定性が向上したりと、様々な分野でAIの信頼性が高まります。特に、医療や金融など、高い信頼性が求められる分野でのAI活用が促進されることが期待されます。


この記事の著者

池田朋弘のプロフィール写真

池田朋弘(監修)

Workstyle Evolution代表。18万人超YouTuber&『ChatGPT最強の仕事術』著者。

株式会社Workstyle Evolution代表取締役。YouTubeチャンネル「いけともch(チャンネル)」では、 AIエージェント時代の必須ノウハウ・スキルや、最新AIツールの活用法を独自のビジネス視点から解説し、 チャンネル登録数は18万人超(2025年7月時点)。

著書:ChatGPT最強の仕事術』(4万部突破)、 『Perplexity 最強のAI検索術』、 『Mapify 最強のAI理解術

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