AIブラウザやAIエージェントが急速に普及する中、これらのツールが持つセキュリティリスクについて深く理解することが重要になっています。Perplexity CometやChatGPT Atlasをはじめとする様々なAIブラウザツールは、私たちの作業効率を大幅に向上させる一方で、従来のWebセキュリティでは対処できない新たな脅威を生み出しています。
AIブラウザは、単なる情報収集ツールを超えて、ユーザーに代わって様々なWebサイトを操作し、ログイン情報を使用し、重要な作業を自動化できる強力な権限を持っています。しかし、この便利さの裏には、悪意のある攻撃者によって簡単に乗っ取られ、悪用される可能性が潜んでいるのです。
本記事では、AIブラウザが抱える3つの主要なセキュリティリスクと、それらに対する効果的な対策について詳しく解説します。これらのリスクを理解することで、AIツールを安全に活用しながら、組織や個人の重要な情報を守ることができるでしょう。

AIブラウザの最大のリスクの一つは、その権限の大きさと所有情報へのアクセス範囲の広さです。従来のWebブラウザとは異なり、AIブラウザはユーザーの代理として行動するため、ユーザーと同等の権限を持つことになります。
具体的には、AIブラウザは以下のような広範囲な権限を持っています:
この広範囲な権限により、AIブラウザが一度攻撃者に乗っ取られると、従来のWebセキュリティの前提である同一オリジンポリシー(SOP)やクロスオリジンリソース共有(CORS)といった保護機能が無効化されてしまいます。攻撃者は、AIブラウザを通じてユーザーの全権限を使って悪意のある行動を取ることができるのです。
例えるなら、AIブラウザは「家中の鍵をまとめたマスターキー」を持っている状態です。もし泥棒にこのマスターキーを奪われたら、玄関だけでなく、金庫や物置まで全部開けられてしまうように、SOPやCORSといった個別の鍵(制限)が意味を失ってしまいます。
さらに問題なのは、AIブラウザは人間のように疑問を持ったり、異常を感知したりする能力に限界があることです。不審なWebサイトや怪しいリクエストに対しても、プログラムされた通りに従順に実行してしまう可能性があります。

AIブラウザの2つ目の重要なリスクは、従来のサイバー攻撃に対する防御機能の弱さです。特に「プロンプトインジェクション攻撃」と呼ばれる新しい攻撃手法に対して、AIブラウザは極めて脆弱であることが判明しています。
プロンプトインジェクション攻撃は、以下のような流れで実行されます:
| 攻撃段階 | 攻撃者の行動 | AIブラウザの反応 |
| 準備段階 | 悪意のある指示をWebページに埋め込む(白い背景に白い文字、HTMLコメント、ソーシャルメディアの投稿など) | 通常のWebページとして認識 |
| トリガー段階 | ユーザーがAIブラウザに「このページを要約して」などの指示を出す | ページ内容を処理開始 |
| インジェクション段階 | 埋め込まれた悪意のある指示がAIの処理に混入 | 正当な指示と悪意のある指示を区別できない |
| 実行段階 | AIブラウザが攻撃者の指示に従って行動 | 銀行サイトへのアクセス、認証情報の抽出、外部サーバーへの情報送信など |
実際の攻撃事例として、Braveの研究チームが発見したPerplexity Cometの脆弱性があります。この攻撃では、以下のような被害が確認されました:
この攻撃の恐ろしい点は、ユーザーが単純に「このページを要約して」と指示しただけで、複雑な攻撃が自動的に実行されることです。ユーザーは攻撃が行われていることに全く気づかず、気がついた時には重要な情報が盗まれているのです。
従来のメールシステムには高度なスパムフィルターが存在しますが、AIブラウザには悪意のあるコマンドに対する効果的なフィルタリング機能がありません。これは、AIブラウザが比較的新しい技術であり、セキュリティ対策が後手に回っているためです。
これはまるで、メールには「ベテランの門番」が常駐しているのに対し、AIブラウザは「監視カメラもない新設の施設」のような状況です。誰が悪さをしようとしているのか判断する基盤がなく、危険な行為を簡単に見逃してしまいます。
また、AIブラウザは「人間が過信しすぎている」という問題も抱えています。多くのユーザーは、AIが常に正しい判断を下すと信じ込んでおり、AIの行動を疑うことなく受け入れてしまう傾向があります。この過信が、攻撃者にとって絶好の機会を提供しているのです。

AIブラウザのセキュリティリスクに対処するためには、ツール開発者側とユーザー側の両方が適切な対策を講じる必要があります。単一の対策では不十分であり、多層防御の考え方が重要です。
AIブラウザの開発者は、以下のような技術的対策を実装する必要があります:
最も重要な対策は、ユーザーからの正当な指示とWebサイトから取得したコンテンツを明確に区別する仕組みを構築することです。具体的には:
AIモデルが生成した行動計画が、本当にユーザーの意図と一致しているかを独立してチェックする機能が必要です:
以下のような重要な操作については、必ずユーザーの明示的な許可を求める仕組みが必要です:
AIブラウザの強力な機能を通常のブラウジングから分離し、必要な時のみ有効化する仕組みが重要です:
ユーザー側も、AIブラウザを安全に使用するために以下の対策を実践する必要があります:
私自身も実践していることですが、AIブラウザのエージェントモードは必要最小限に留めることが重要です:
「何も信頼せず、常に検証する」というゼロトラストの考え方をAIブラウザの使用にも適用します:
AIブラウザが処理する情報源を意識し、異常な動作パターンを早期に発見することが重要です:
AIブラウザに一度に多くの権限を与えるのではなく、段階的に必要な権限のみを付与する方法を採用します:
企業や組織でAIブラウザを導入する場合は、さらに包括的な対策が必要です:

AIブラウザは私たちの作業効率を大幅に向上させる革新的なツールですが、同時に従来のWebセキュリティでは対処できない新たなリスクを生み出しています。本記事で解説した3つの主要なリスクポイントを改めて整理すると:
重要なのは、これらのリスクを理解した上で、AIブラウザの利用を完全に避けるのではなく、適切な対策を講じながら賢く活用することです。私自身も、エージェントモードは控えめに使用し、主に情報の要約や整理といった比較的安全な用途に限定しています。
AIブラウザの技術は急速に進歩しており、セキュリティ対策も日々改善されています。しかし、完璧なセキュリティは存在しないため、常に最新の脅威情報を把握し、適切な対策を継続的に実施することが重要です。
今後AIブラウザを使用する際は、本記事で紹介したリスクと対策を参考に、安全で効果的な活用を心がけてください。技術の恩恵を最大限に享受しながら、同時にセキュリティリスクを最小限に抑えることで、AIブラウザは私たちの強力なパートナーとなるでしょう。
本記事の作成にあたり、以下の情報源を参考にしています:
AIブラウザが持つ広範な権限とアクセス範囲です。従来のブラウザと異なり、ユーザーの代理として行動するため、認証済みセッションへのアクセス、機密情報の読み取り、アクション実行権限など、ユーザーと同等の権限を持ちます。これにより、一度攻撃者に乗っ取られると、大きな被害につながる可能性があります。
プロンプトインジェクション攻撃とは、悪意のある指示をWebページに埋め込み、ユーザーがAIブラウザにそのページを要約させるなどの指示を出すことで、AIが攻撃者の意図しない動作を実行してしまう攻撃手法です。例えば、認証情報を盗み取ったり、アカウントを乗っ取ったりする可能性があります。
開発者側は、ユーザー指示とWebサイトコンテンツの明確な分離、モデル出力のユーザー整合性チェック、セキュリティ重要操作の明示的確認、エージェント機能の分離と最小権限の原則といった対策を実装する必要があります。多層防御の考え方を取り入れ、単一の対策に頼らないことが重要です。
ユーザー側では、エージェントモードの慎重な使用、ゼロトラスト原則の適用、「何も信頼せず、常に検証する」という考え方、異なる声の区別と異常検知、段階的な権限付与といった対策を実践することが重要です。AIの提案や行動を盲信せず、常に確認する習慣をつけましょう。
企業レベルでは、AIガバナンス体制の構築、従業員教育の実施、監査とモニタリング、インシデント対応計画の整備が必要です。AI利用に関するポリシーとガイドラインを策定し、従業員にリスクと安全な使用方法を周知徹底することが重要です。
Workstyle Evolution代表。18万人超YouTuber&『ChatGPT最強の仕事術』著者。
株式会社Workstyle Evolution代表取締役。YouTubeチャンネル「いけともch(チャンネル)」では、 AIエージェント時代の必須ノウハウ・スキルや、最新AIツールの活用法を独自のビジネス視点から解説し、 チャンネル登録数は18万人超(2025年7月時点)。