AIサービスの標準モデルを選ぶとき、「迷ったらDeepSeek」と考えていないだろうか。
欧米の高性能モデルに近い品質を、圧倒的に安く使える。OpenRouterなどを通じて中国AIを使う理由は、長らくこの分かりやすい価格差にあった。
ところが今回の値上げで、その前提が崩れ始めている。安くて高性能なモデルの中心が、GPTへ戻る可能性が出てきた。

DeepSeekは2026年8月、エージェント能力を強化した「DeepSeek V4 Pro」を正式公開すると同時に、API料金の大幅な改定を発表した。2~最大12倍と大幅な値上げである。
DeepSeek公式料金表によると、新料金は日本時間8月17日午前1時から適用される。日本時間10〜13時と15〜19時がピーク、それ以外がオフピークだ。
最大の値上げは、V4 Proのピーク時におけるキャッシュ入力(キャッシュ機能=保存機能を利用した入力)である。従来の約12倍、値上げ率でいえば1,100%に達する。
ただし、これはすべての利用料金が12倍になるという意味ではない。実際によく使われるV4 Flashのキャッシュ未命中料金は、100万トークン当たり次のようになる。
また、時間帯によって最安モデルが変わる。
DeepSeekは、利用者獲得を優先する段階から、価格を細かく制御しながら収益化する段階へ入った。

現在の主要な低価格モデルを、通常のテキストAPI料金で並べると次のようになる。価格は100万トークン当たりだ。
| 国 | 企業 | モデル | 入力 | 出力 | おすすめ用途 |
|—|—|—|—:|—:|—|
| 中国 | Alibaba/Qwen | Qwen 3.7 Flash | $0.03 | $0.13 | #大量分類 #抽出 #超低価格 |
| 中国 | DeepSeek | V4 Flash・オフピーク | $0.22 | $0.66 | #中国語 #文章生成 #低コスト推論 |
| 米国 | OpenAI | GPT-5.6 Luna | $0.20 | $1.20 | #総合コスパ #エージェント #コーディング |
| 中国 | DeepSeek | V4 Flash・ピーク | $0.44 | $1.32 | #汎用AI #時間帯注意 |
| 米国 | Google | Gemini 3.1 Flash-Lite | $0.25 | $1.50 | #高速処理 #マルチモーダル |
| 米国 | Google | Gemini 3.5 Flash-Lite | $0.30 | $2.50 | #画像動画 #高速エージェント |
QwenはQwenCloudの32K以下の国際料金、GeminiはGoogleのStandard有料枠である。長文入力、Batch、キャッシュなどの条件によって料金は変わる。
出力料金をバーで並べると、価格差がより分かりやすくなる。
“text“
Qwen 3.7 Flash $0.13 █
DeepSeek V4 Flash 夜間 $0.66 ████
GPT-5.6 Luna $1.20 ████████
DeepSeek V4 Flash 昼間 $1.32 █████████
Gemini 3.1 Flash-Lite $1.50 ██████████
Gemini 3.5 Flash-Lite $2.50 █████████████████
単価だけなら、Qwenが圧倒的な最安である。一方で、DeepSeekとGPTの差は今回の値上げによって大きく縮まった。
DeepSeekのオフピークでは、出力はLunaより45%安いものの、入力はLunaのほうが約9%安くなる。ピークでは、Lunaが入力・出力ともに安くなる。
▶︎ あわせて読みたい:DeepSeekだけでは見えない中国AI「八雄」の全体像

ここで注意したいのが、「1トークンの安さ」と「仕事を完了する安さ」は同じではないことだ。
第三者評価のArtificial Analysisでは、最新のDeepSeek V4 Flash 0731とGPT-5.6 Lunaは、総合Intelligence Indexでともに52である。ただし、仕事を終えるまでの速度とトークン量には差がある。
| 指標 | DeepSeek V4 Flash | GPT-5.6 Luna |
|—|—:|—:|
| Intelligence Index | 52 | 52 |
| 出力速度 | 約123 token/秒 | 約164 token/秒 |
| 評価全体の出力トークン | 210M | 130M |
| 評価1タスク当たり費用 | $0.11 | $0.05 |
DeepSeekの評価はピーク新料金、Lunaの評価は現在料金を使ったmax設定のスナップショットである。実際の費用は推論設定、キャッシュ、プロンプト長、時間帯で変わる。
“`text
総合性能は同点、処理効率には差
知能指数 DeepSeek 52 ██████████
Luna 52 ██████████
出力速度 DeepSeek 123 ███████
Luna 164 ██████████
“`
Qwen 3.7 Flashについては、同じ条件でのArtificial Analysis評価を現時点で確認できない。一方、Roboflowの画像系評価では、総合がLuna 71.5%、Qwen 61.7%。低推論設定のReasoningはLuna 55.0%、Qwen 34.4%だった。ただし、これは画像タスクに限った比較であり、テキスト性能全体を示す数字ではない。
単純な分類を1万件処理するなら、安いQwenで十分かもしれない。一方、複雑な調査を失敗してやり直したり、エージェントが不要なツール呼び出しを繰り返したりすれば、単価の安さは簡単に消えてしまう。
コスパは「単価」ではなく「成功した1タスクの費用」で見るべきである。

GPT-5.6 Lunaは、100万トークン当たり入力0.20ドル、出力1.20ドルである。入力プロンプトが272Kトークンを超える場合は、リクエスト全体に長文料金が適用される。
OpenAIは2026年7月末、Lunaを従来から80%値下げした。しかもLunaは、単純な分類専用モデルではなく、画像入力、ツール利用、複数ステップのワークフローにも対応している。
これによって市場には、次の3層が生まれた。
もちろん、Lunaがすべての条件で最安というわけではない。DeepSeekはオフピークの出力料金が安く、中国語処理や自前運用にも別の価値がある。
それでも、日中にAPIを使い、一定以上の推論品質やエージェント能力を求めるなら、最初からLunaを選ぶ判断が現実的になった。DeepSeekを選ぶ理由を、価格だけでは説明できなくなったのである。
▶︎ あわせて読みたい:中国AIを禁止する前に確認したい3つの実務判断軸

Geminiとの比較には、モデル名の注意が必要だ。
Gemini 3.5 Flashの通常料金は入力1.50ドル、出力9ドルである。Lunaの0.20ドル、1.20ドルに比べると、どちらも7.5倍であり、同じ価格帯とはいえない。
Lunaに近いのは、入力0.25ドル、出力1.50ドルのGemini 3.1 Flash-Liteだ。さらに新しいGemini 3.5 Flash-Liteは、入力0.30ドル、出力2.50ドルである。
Gemini Flash-Liteは、画像・音声・動画を扱うマルチモーダル処理や、Googleの検索・ツール環境を利用する場合に強みがある。
一方、テキスト推論や軽量なエージェント処理を中心に見ると、Lunaの価格と性能が目立つ。テキスト中心ならLuna、マルチモーダル中心ならGeminiという分け方が分かりやすいだろう。

では、なぜGPT-5.6 Lunaはこれほど安いのか。
OpenAIは、Lunaのパラメータ数や、Mixture of Experts、蒸留、量子化といった具体的なモデル構造を公表していない。そのため、特定のモデル技術だけを理由として断定することはできない。
一方、OpenAIの公式解説から、少なくとも4つの改善を確認できる。
さらにOpenAIは、GPT-5.6 Solが本番用カーネルの書き換えや数百件の実験を支援し、モデル提供コストを20%削減、トークン生成効率を15%以上改善したと説明している。
つまりLunaの低価格化は、モデル単体の発明というより、モデル・推論基盤・エージェント基盤・インフラをまとめて最適化した結果と見るのが適切である。
ただし、公開されている20%と15%という数字だけで、80%の値下げをすべて説明できるわけではない。大規模な利用量による設備稼働率の向上に加え、低価格市場を取りにいく戦略的な価格設定も含まれている可能性がある。ここは公式発表ではなく、価格差からの推測である。

今後は、一つのモデルを固定して使うより、用途に応じてルーティングするほうが合理的だ。
| 用途 | 第一候補 | 理由 |
|—|—|—|
| 分類・抽出・定型翻訳 | Qwen 3.7 Flash | 圧倒的に安く、大量処理向き |
| 日常的な文章・分析 | GPT-5.6 Luna | 品質と価格のバランスが高い |
| 軽量エージェント | GPT-5.6 Luna | ツール利用・速度・推論を両立 |
| 中国語・自前運用 | DeepSeek V4 Flash | 中国語性能と運用自由度 |
| 画像・音声・動画 | Gemini Flash-Lite | マルチモーダル処理に強い |
| 複雑な計画・重要判断 | 上位モデル | 難しい部分だけ高性能モデルへ回す |
実装時には、まずLunaを標準モデルに置き、単純な大量処理をQwenへ、マルチモーダル処理をGeminiへ、難問だけを上位モデルへ振り分ける構成が考えられる。
DeepSeekを使う場合も、時間帯別料金をルーターへ組み込み、オフピークに回せる処理を分離するだけで費用を抑えられる。
モデル選びは、ブランド比較から業務ごとの原価設計へ移っている。

今回の変化は、中国AIが安くなくなったことを意味するわけではない。
Qwenのように、単価だけならGPTを大きく下回るモデルは残っている。DeepSeekもオフピークの出力料金、自前運用、中国語処理では競争力がある。
終わりつつあるのは、「安くて高性能なら、とりあえずDeepSeek」という一択状態である。
単価最安はQwen。特定条件ではDeepSeek。マルチモーダルならGemini。そして、品質・速度・エージェント能力まで含めた総合コスパではGPT-5.6 Lunaだ。
まずは自社の代表的な10〜20タスクを、同じプロンプトで複数モデルに実行させてほしい。比較すべきなのは、100万トークンの表示価格ではなく、成功率、処理時間、出力トークン数を含む「1タスク当たりの費用」である。
中国AIの時代が終わるのではない。低価格AIの競争が、単価から実用ROIへ移るのだ。
2026年8月、日本時間8月17日午前1時から新料金が適用される。値上げ幅はモデル・時間帯によって異なり、最大は「DeepSeek V4 Pro」のピーク時キャッシュ入力で約12倍(値上げ率1,100%)。一方、実際によく使われるV4 Flashのキャッシュ未命中料金は、オフピークで入力0.22ドル・出力0.66ドル、ピークで入力0.44ドル・出力1.32ドル(100万トークン当たり)にとどまる。
OpenAIは具体的なモデル構造は公表していないが、公式解説では「少ないトークンでの直接的な処理」「ハードウェア振り分けの最適化」「本番用ソフトウェアの効率化」「コンテキスト管理の改善」の4点を改善点として挙げている。加えて、大規模な利用量による設備稼働率の向上や、低価格市場を取りにいく戦略的な価格設定も影響している可能性がある。
用途で使い分けるのが現実的。分類・抽出・定型翻訳などの大量処理は単価最安のQwen 3.7 Flash、日常的な文章作成や軽量エージェントは総合コスパの高いGPT-5.6 Luna、中国語処理や自前運用はDeepSeek V4 Flash、画像・音声・動画を含むマルチモーダル処理はGemini Flash-Liteが向く。比較の軸は表示価格ではなく「成功した1タスク当たりの費用」で見るのがポイント。
新著(7/27発売)『Claude 最強のAI自動化術』:https://amzn.to/4eTUVG1
YouTube『いけともch』:https://www.youtube.com/@iketomoch
Podcast『いけとも尾原DeepなAIニュース』:https://open.spotify.com/show/3hGAbKZI5oo9PsbFI1IxTr