平均年間給与562万円の企業が、最高評価なら年収総額6000万円超という新職種を設けました。医療ヘルスケア事業を展開するメドレーの「Applied AI Developer(アプライドAIデベロッパー)」です。
単純に比べれば10倍を超える水準です。もちろん全社員の平均と、特定の高度人材における最高評価時の報酬を、そのまま同列には扱えません。それでも、日本企業の人事制度としてはかなり踏み込んだ設計です。
この記事では、メドレーが何を評価しようとしているのか、その制度が抱え得る課題、そして私なりの提言となる「AI主体のプロリーグ型人事制度」について考えます。

メドレーは2026年7月、新職種「Applied AI Developer」を設置し、8月から運用を始めると発表しました。対象は、一定以上の職務等級にあるエンジニア、デザイナー、プロダクトマネジャーです。過去の実績や成果をもとに、上級執行役員(SVP)の審査を経て認定されます。
注目を集めたのは、やはり報酬です。基本給は同じ職務等級の人と共通ですが、半期ごとに合意した目標の達成度によって大きな賞与が加わり、最高評価の場合は年収総額6000万円超に達します。
7月の公式発表では、短期成果を賞与、中長期の企業価値への貢献を譲渡制限付株式で報いる設計でした。その後、9月のBusiness Insider Japanの取材では、最終的に基本給と賞与による現金支給に変更したと報じられています。
重要なのは、単に「AIを使える人に高い給料を払う」という制度ではないことです。メドレーが報いようとしているのは、AIで仕事の構造を変えた人です。

メドレーの定義は明快です。AIが自律的に実行・検証・改善する仕組みをつくり、業務プロセスへ組み込み、その仕組みによって従来の延長線上にはない成果を生み出す。さらに、本人を起点にプロジェクトや組織の進め方まで変えることが求められます。
つまり、プロンプトがうまい人や、新しいAIツールをたくさん知っている人を認定するわけではありません。人が一つずつ行っていた作業をAIへ置き換えるだけでもなく、設計、実行、確認、改善が回り続ける仕組みそのものをつくれるかが問われます。
その違いがよくわかる事例があります。Business Insider Japanの取材によると、メドレーでは、あるエンジニアが基幹システムの内製移行を主導し、従来の半分以下の人数で完遂しました。結果として数千万円規模のコスト削減につながり、同じような「異次元の成果」が約1年で3、4件生まれたといいます。
従来なら5人で1年かかると見積もっていた仕事を、1人が半年で終えれば、会社にとって生まれる価値は、単なる作業時間の短縮ではありません。採用や外注の費用が減り、意思決定が速くなり、同じ仕組みを別の仕事にも再利用できます。ここで評価すべきなのは、作業量ではなく事業価値です。
メドレーは全社のAI変革でも、各部門の仕事を「人が担う工程」と「AIに任せる工程」に分け、部門ごとのリポジトリにAI活用の手順やスキルを蓄積しています。個人の工夫で終わらせず、組織が使える資産へ変える。その全社基盤の延長上に、Applied AI Developerという職種が置かれています。

私は、飛び抜けた成果に大きな報酬差がつくこと自体は、不自然だとは思いません。スポーツや芸能、一部の専門職では、トップ層と平均層の報酬が大きく違います。それでも一定の納得感があるのは、勝敗や記録、観客動員など、価値の理由が比較的見えやすいからです。
会社の仕事は、スポーツほど単純ではありません。売上が伸びたのは本人の設計力なのか、同僚の支援なのか、既存のデータや顧客基盤のおかげなのか。短期の速度を上げた一方で、品質や安全性、保守性を落としていないか。成果の帰属が曖昧なまま報酬だけを大きくすると、不信感が生まれます。
もう一つは、挑戦機会の差です。重要なプロジェクト、十分な計算資源、良質なデータ、経営陣へのアクセスを与えられた人は、成果を出しやすくなります。認定された人にだけ次の好機が集まり続ければ、能力差を評価する制度が、いつの間にか機会差を固定する制度へ変わります。
さらに、個人の成果だけを強く評価すると、ノウハウを抱え込む方が本人には有利になりかねません。しかし会社が本当に欲しいのは、一人の天才だけが速くなる状態ではなく、その人がつくった仕組みによって組織全体が強くなる状態です。
だから論点は、「6000万円は高すぎるか」ではありません。報酬差を支える測定方法、誰でも挑戦できる入口、認定を見直す仕組み、チームへの還元までを一体で設計できるかです。格差より、ルールの質が問われています。

ここからはメドレーの制度そのものではなく、今回のニュースから着想した私の提言です。私は、AI時代の高度人材制度を「プロリーグ型」として設計するとよいのではないかと考えています。
プロスポーツから持ち込むべきなのは、スター選手の高額年俸だけではありません。成績が見えること、挑戦への入口が開かれていること、シーズンごとに契約が見直されること、選手を育てる仕組みがあること、そして個人がチームの勝利へ貢献すること。この一式があって初めて、大きな報酬差が目標として機能します。
会社で運用するなら、まず「AIを何時間使ったか」ではなく、AIによってどれだけ事業価値を増やしたかを評価します。売上やコストだけでなく、品質、安全性、再利用性も含めて、成果を認定できる状態にします。基準となる従来工数や費用を先に置き、何がどう変わったかを検証できるようにすることが必要です。
次に、認定者を固定メンバーにしません。社内公募や期間限定の挑戦枠を設け、過去の肩書に関係なく、成果の仮説と実績を持つ人が挑戦できるようにします。認定は半期や1年ごとに更新し、現在の成果に応じて昇格も降格もある。そうすれば、制度は既得権ではなく、誰もが目指せるキャリアの先になります。
そして報酬は、本人が生み出した直接的な事業価値だけで決めません。仕組みを他部署でも使える形にしたか、品質を守る検証手順を残したか、後継者を育てたかも評価します。トップ人材ほど、個人技を組織の共有資産へ変える責任を負う設計にするのです。
この制度のメッセージは、「報酬差は大きく、挑戦機会は等しく」です。誰でも目指せる。しかし、誰でもなれるわけではない。だからこそ、認定された人は特権階級ではなく、周囲にとって具体的な目標になります。
日本企業がいきなり6000万円を用意する必要はありません。まず一つのAI変革職を定義し、従来の基準値と半年後の目標を合意し、社内公募で挑戦者を募る。そして個人の成果だけでなく、チームへの波及と仕組みの資産化まで評価する。小さくリーグを始めることは、どの会社にもできます。
AIで一人が生み出せる価値の差は、これからさらに広がっていくでしょう。その差を抑え込むのではなく、なぜ価値が高いのかを明らかにし、次の挑戦者が追いかけられる道に変える。トップ人材を既得権者ではなく、組織全体の未来像にすることが、AI時代の人事制度に求められているのではないでしょうか。
AIが自律的に実行・検証・改善する仕組みをつくり、業務プロセスへ組み込むことで、従来の延長線上にはない事業成果を生み出した人材を認定する新職種です。対象はエンジニア・デザイナー・プロダクトマネジャーで、上級執行役員(SVP)の審査を経て認定されます。
基本給は同じ職務等級の社員と共通ですが、半期ごとの目標達成度に応じた賞与が加わり、最高評価の場合は年収総額6000万円超に達します。当初は株式報酬も組み合わせる設計でしたが、その後基本給と賞与による現金支給に変更されたと報じられています。
本稿が提言する仕組みで、AIによる事業価値の増加分で成果を測ること、社内公募で誰もが挑戦できる入口を用意すること、半期・年次で認定を見直すこと、個人の工夫を組織の資産に変えることまでを一体で設計する人事制度の考え方です。
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