
2025/07/28(月)
「AI役員が経営会議に参加する」——これは近未来のSF映画の話ではありません。キリンホールディングスが2024年8月4日に発表した「CoreMate」は、まさにこの革新的な取り組みを現実のものとしました。
過去10年分の議事録データを学習した12のAI人格が、経営戦略会議で多様な視点を提供し、経営層の意思決定をサポートする——この画期的なシステムは、日本企業の経営スタイルを根本から変える可能性を秘めています。
私自身、この取り組みを知った時、「ここまで来たか」という感慨と同時に、多くの企業が直面している経営課題の解決策として、非常に実用的なアプローチだと強く感じました。なぜなら、多くの企業では限られた視点での議論に陥りがちで、多角的な検討が不足しているからです。
本記事では、キリンの「CoreMate」の具体的な仕組みから、AI経営支援の可能性、そして他社でも実践できる応用方法まで、詳しく解説していきます。
目次
「CoreMate」は、キリンホールディングスが経営戦略会議に導入したAI役員システムです。このシステムの最大の特徴は、12の異なるAI人格が議論を行い、経営層に多様な視点を提供する点にあります。
CoreMateは以下の要素で構成されています:
これらのAI人格同士が経営戦略会議で議論すべき論点や意見を交換し、複数の論点を実際の経営戦略会議で経営陣に整理して提示します。つまり、会議前の「壁打ち」として機能し、起案者が事前にCoreMatと議論することで、多様な経営視点を取り込んだ検討が可能になるのです。
現代の経営環境では、従来の意思決定プロセスだけでは対応が困難な課題が山積しています。AI役員の導入が注目される背景には、以下のような経営課題があると考えられます。
視点の偏りが最大の問題です。人間の経営陣だけでは、どうしても過去の成功体験や個人的なバイアスに基づいた議論になりがちです。特に、同質的なバックグラウンドを持つ経営陣では、革新的なアイデアや異なる視点が生まれにくい傾向があります。
また、情報処理の限界も深刻です。現代のビジネス環境では、市場動向、競合分析、顧客データなど、膨大な情報を短時間で処理し、意思決定に活用する必要があります。しかし、人間だけでは、この情報量を適切に処理し、客観的な判断を下すことが困難になっています。
AI役員は、これらの課題に対して以下の価値を提供します:
私は、これらの価値が現代の経営において極めて重要だと考えています。なぜなら、グローバル化とデジタル化が進む中で、経営判断のスピードと精度の両方が求められているからです。
CoreMateは、過去のデータだけでなく、外部の最新情報を継続的にアップデートします。これにより、常に最新の市場動向や業界トレンドを反映した分析と提案が可能になります。
具体的には、以下のような情報源から継続的に学習をする形になるでしょう。
キリンのCoreMatの事例を見て、「こうしたシステムの構築は技術的に困難なのでは?」と思われる方も多いでしょう。しかし、実際のところ、基本的な仕組みの構築は思っているほど複雑ではないというのが私の見解です。
過去のデータがあれば、特別に高度なAI技術を使わなくても、以下のステップで基本的なシステムは構築可能です。複雑なデータベース(RAGと呼ばれる技術)がなくても、かなり高い精度で実現できると思われます。
私が特に重要だと考えるのは、経営陣に対して「絶対にこれを使ってください」と言えるだけの組織的なパワーがあるかどうかです。
例えば、LINEヤフーのようにAIステムの活用を強制できる体制があれば、AI経営支援システムは真価を発揮します。逆に、「使っても使わなくてもいい」という曖昧な位置づけでは、せっかくのシステムも形骸化してしまう可能性があります。
重要なのは、完璧なシステムを最初から構築しようとするのではなく、小さく始めて継続的に改善していくアプローチです。
キリンのCoreMatの事例は、より広範な「経営意思決定支援AI」の発展の一部として位置づけることができます。この分野では、「DecisionGPT」という概念があります。
DecisionGPTは、経営者の意思決定をサポートするために設計されたAIシステムです。過去のケーススタディデータを学習し、以下の段階で経営者を支援します:
DecisionGPTの最大の価値は、非常に客観的にバイアスをかけずに、経営者に忖度せずに妥当な議論ができる点にあります。
人間の経営陣だけでは、どうしても以下のようなバイアスが生じがちです:
AIによる意思決定支援は、これらのバイアスを排除し、純粋にデータと論理に基づいた分析を提供できます。
DecisionGPTのような経営意思決定支援AIは、以下のような場面で特に有効です:
活用場面 | 従来の課題 | AI支援による改善 |
新規事業検討 | 限られた視点での評価 | 多角的なリスク・機会分析 |
投資判断 | 感情的・直感的な判断 | データに基づく客観的評価 |
組織改革 | 既存の枠組みに縛られた発想 | 過去事例を踏まえた革新的提案 |
危機管理 | 経験に依存した対応 | 類似事例の分析に基づく最適解 |
AI経営支援システムの導入は多くのメリットをもたらしますが、同時に注意すべき点もあります。
最も重要なポイントは、AIの意見だけで決めてはいけないということです。AIの役割は、あくまで「参考情報の提供」と「選択肢の整理」に留めるべきです。
なぜなら、経営判断には以下のような要素が含まれるからです:
これらの要素を総合的に判断し、最終的な意思決定を行うのは、やはり人間の経営者でなければなりません。
AI経営支援システムを効果的に活用するためには、大量の情報や論理に翻弄されずに、適切な意思決定ができる経営者のレベルが求められます。
具体的には、以下のような能力が必要です:
AI経営支援システムの導入成功には、組織全体での理解と協力が不可欠です:
キリンホールディングスのAI役員「CoreMate」導入は、日本企業の経営スタイルに革新をもたらす画期的な取り組みです。本記事で解説した内容を以下にまとめます:
AI経営支援は、もはや「未来の話」ではなく、「今すぐ検討すべき現実的な選択肢」となっています。キリンの事例を参考に、あなたの会社でも、まずは小さな一歩から始めてみてはいかがでしょうか。
本記事の内容は、以下の資料も参考にしています:
CoreMateは、キリンホールディングスが経営戦略会議に導入したAI役員システムです。過去10年分の議事録データを学習した12の異なるAI人格が、経営層に多様な視点を提供し、意思決定をサポートします。会議前の「壁打ち」として機能し、起案者が事前にCoreMatと議論することで、多様な経営視点を取り込んだ資料作成が可能になります。
CoreMateは、会議前の準備段階で起案者と議論し、多角的な視点を収集します。AI人格同士が議論して重要な論点を抽出し、整理された論点を実際の経営戦略会議で提示することで、会議準備の効率化と時間の圧縮を実現します。また、データに基づいた客観的な議論を促進し、迅速な意思決定をサポートします。
AI役員は、客観的な視点、多角的な検討、バイアスの排除、高速な情報処理といった価値を提供します。従来の経営会議では、視点の偏りや情報処理の限界がありましたが、AI役員は過去のデータに基づいた客観的な分析と提案を行い、複数のAI人格による多様な視点を提供することで、より精度の高い意思決定を支援します。
AIはあくまで参考情報の提供と選択肢の整理に留めるべきで、最終的な意思決定は人間の経営者が行うべきです。企業理念やステークホルダーへの配慮、社会的責任、経営者の直感や経験といった要素は、AIでは判断できません。また、大量の情報に翻弄されずに適切な意思決定ができる経営者のレベルが求められます。
DecisionGPTは、経営者の意思決定をサポートするために設計されたAIシステムです。過去のケーススタディデータを学習し、目標と背景状況の定義、選択肢の生成、比較検討の支援、リスク評価といった段階で経営者を支援します。客観的にバイアスをかけずに妥当な議論ができる点が特徴で、確証バイアスや権威バイアスといった人間のバイアスを排除します。
Workstyle Evolution代表。18万人超YouTuber&『ChatGPT最強の仕事術』著者。
株式会社Workstyle Evolution代表取締役。YouTubeチャンネル「いけともch(チャンネル)」では、 AIエージェント時代の必須ノウハウ・スキルや、最新AIツールの活用法を独自のビジネス視点から解説し、 チャンネル登録数は18万人超(2025年7月時点)。