イタリア最大手の銀行インテーザ・サンパオロで、プライベートバンキング部門のフィデウラムから、詐欺によって計9500万ユーロ(約1億800万ドル)が送金されていました。ロイターが関係者2人の話として9月25日に報じています。
決め手になったのは、CEOを装ったメッセージのあとにかかってきた「確認の電話」でした。電話口の弁護士の声は、AIで模倣されていたといいます。
約5300万ユーロは取り戻せたものの、約3600万ユーロは今も行方が分かっていません。何が起きたのかを順に追い、「電話で確認した」がなぜ確認にならなかったのかを整理します。
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事件は今年2月に始まりました。流れを追うと、送金までに3つの連絡がありました。
1つめは、メッセージです。当時フィデウラムの会長だったパオロ・モレジーニ氏のもとに、インテーザのCEO、カルロ・メッシーナ氏からに見えるWhatsAppのメッセージが届きます。海外の取引で緊急に助けてほしい、という依頼でした。
2つめは、電話です。有名な法律事務所のシニアパートナーからに見える電話がかかってきて、先の指示を確認しました。関係者によると、この電話の声はAIで複製されていました。
3つめは、会長から社内への指示です。依頼を本物と信じた会長は、財務部門に対し、主に中国と香港の口座へ複数回の送金を手配するよう伝えました。
注目したいのは3つめです。財務部門が受け取ったのは、詐欺師からの連絡ではありません。自社の会長からの指示でした。外から来た偽の依頼が、会長の判断を通った瞬間に社内の正規の指示に変わったのです。財務部門から見れば、上から来た指示をいつもどおり処理しただけでした。

AI詐欺と聞くと、AIが勝手に口座を操作するような場面を思い浮かべるかもしれません。ですが今回、AIが使われたと関係者が説明しているのは、確認電話の声の模倣という1点だけです。送金を決めたのも、財務部門に指示を出したのも人でした。
声は、人が相手を本人だと信じるときの強い手がかりです。聞き覚えのある声で、落ち着いて「先ほどの件、確かに」と言われれば、疑う理由は見つけにくいでしょう。AIは、この手がかりを誰でも作れるものに変えてしまいました。
ただし、声が本人らしいことと、本人が依頼を認めたことは別です。多くの組織の「電話で確認」は、この2つを同じものとして扱ってきました。そこを突かれたのが今回の事件です。
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メッセージのあとに、別の人物から電話が来る。文字と声、2つの経路から同じ話が届くので、裏が取れたように感じます。
しかし、両方とも詐欺師が用意した連絡なら、情報源は1つのままです。2人に確認したのではなく、同じ偽の依頼を2回聞いただけになります。
違いを生むのは、連絡手段が文字か声かではありません。誰が確認先を選び、どうやって相手にたどり着いたかです。かかってきた電話に出るだけなら、相手を選んだのは詐欺師の側です。自分が前から把握している番号で本人にかけ直せば、確認の入口を自分の側に取り戻せます。
もう1つの落とし穴があります。本人確認と、その送金が正しいかどうかは別の問いです。仮に電話の相手が本物の弁護士だったとしても、その事実だけで振込先の口座まで正しいとは決まりません。「誰と話しているか」と「何を、どの口座へ、誰の判断で動かすか」は、分けて確かめる必要があります。

フィデウラムは、送金の異常に早い段階で気づきました。複数の国の銀行と当局に連絡し、中国・ポルトガル・イタリアの当局の協力で約5300万ユーロを取り戻しています。
一方で、残りの資金は海外の口座を次々と経由し、暗号資産に換えられました。関係者によると、その先は追えていません。回収額や未回収額の数字は、イタリアの各紙の報道でも少しずつ異なっています。資金が最初の口座から動き、形まで変わってしまえば、気づくのが早くても手が届かなくなります。
異常に気づく仕組みと、お金を取り戻せることは別の段階です。送金後の対応がどれだけ速くても、送金前の判断をやり直すことはできません。
その後、モレジーニ氏は3月に「個人的な理由」で会長を辞任しました。関係者によると、同氏を含むフィデウラムの幹部は捜査の対象ではなく、ミラノの検察は欧州の外に住む外国人1人をコンピューター詐欺の疑いで捜査しています。インテーザとフィデウラムはコメントを控えました。

声を使った詐欺は、今回が初めてではありません。
イタリアでは昨年、グイド・クロセット国防相の声をAIで模倣した詐欺で、実業家のマッシモ・モラッティ氏が100万ユーロ近くを海外口座に送金しています(のちに回収)。ロイターが当時報じています。
2024年には、英エンジニアリング大手アラップの香港拠点で、社員がCFO(最高財務責任者)や同僚に見える人物とビデオ会議をしたあと、香港の5つの口座へ計約2億香港ドル(約2500万ドル)を送金しました。会議に映っていたのは、AIで作った偽の映像と声(ディープフェイク)でした。
共通するのは、権限を持つ1人を信じ込ませれば、あとは組織の正規ルートに乗ってお金が動くという構造です。偽物の精度が上がるほど、「その人が信じたかどうか」に頼る仕組みは弱くなります。
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特殊な事件に見えますが、数字を並べると広がりが分かります。
FBIの2025年版の年次報告によると、同局に寄せられたネット犯罪の被害額は、2021年の69億ドルから2025年には約209億ドルへ、4年で約3倍になりました。なかでも、経営者や取引先を装って送金させるビジネスメール詐欺(BEC)は約30億ドルで、被害額が2番目に大きい類型です。
同じ報告で、AIに触れた申告は約2万2000件、損失は約8.9億ドルでした。FBIは、被害者がAIの関与に気づいていない場合も多いと注記しています。
声に絞った調査もあります。米ガートナーが2026年に297人のセキュリティ責任者へ行った調査では、41%が過去1年に、従業員への電話でディープフェイクを使った攻撃を受けたと答えました。ビデオ通話でも36%です。
日本も例外ではありません。社長を装うメールからLINEグループに誘導して送金させる「ニセ社長詐欺」は、2025年12月に確認されてから、2026年上半期だけで127件、約38億8000万円の被害になったと、警察庁のまとめとして報じられています。
ニセ社長詐欺はメールとチャットの手口で、AIの声は使われていません。それでも狙いは同じ、「上の立場の人からの急ぎの依頼」です。声の偽装は、すでに広がっているなりすまし詐欺に、もう1枚の説得材料を足します。

偽物の声を聞き分ける訓練には限界があります。AIの模倣は精度が上がり続けるからです。見抜けるかどうかに賭けるより、見抜けなくても送金が止まる手順にしておくほうが確実です。
今回の事件から逆算すると、送金の前に効く確認は2つあります。
1つめは、依頼者に、手元の連絡先から自分でかけ直すことです。届いたメッセージや電話で示された番号は使いません。
2つめは、「緊急」「内密に」と言われたときほど手順を省かないことです。緊急は急ぐ理由であって、確認を飛ばす理由ではありません。
難しいのは2つめでしょう。CEOからの急ぎの頼みに「手順どおり確認させてください」と返すのは、会長の立場でも気が引けます。だからこそ個人の判断に任せず、「役職に関係なく、この金額以上は必ずかけ直す」と組織のルールにしておくことが大切です。ルールがあれば、確認は失礼ではなく、当たり前の手順になります。
日本の職場に置き換えても、構図は同じです。上司からの急ぎのチャット、取引先からの振込先変更の連絡、役員名義の依頼。どれも「受け取った人が本物だと信じたら処理される」流れです。
IPA(情報処理推進機構)もビジネスメール詐欺の対策として、急な振込先の変更などがあれば、取引先へメール以外の方法で確認するよう勧めています。今回の事件が付け加えたのは、その「メール以外の方法」の中身です。相手からかかってきた電話では、確認になりません。
これから発注や支払いをAIエージェントに任せる場面が増えれば、この「信じたら実行される」立場は、人からエージェントへ移っていきます。偽の指示が届いても止まる手順を、いまのうちに人の業務で固めておく価値は大きいはずです。
プライベートバンキング部門のフィデウラムから、計9500万ユーロが主に中国と香港の口座へ送金されました。CEOを装ったWhatsAppのメッセージのあと、AIで声を模倣した弁護士からの確認電話があり、信じた当時の会長が財務部門に送金を指示したと報じられています。約5300万ユーロは回収され、約3600万ユーロは行方が分かっていません。
メッセージも電話も、詐欺師の側が用意した連絡だったからです。文字と声の2つの経路に見えても、情報源は1つのままで、同じ偽の依頼を2回聞いただけになります。確認になるかどうかは、連絡手段ではなく、誰が確認先を選んだかで決まります。
偽の声を聞き分けることに頼らず、見抜けなくても送金が止まる手順にしておくことです。送金の前に、依頼者へ手元の連絡先から自分でかけ直します。あわせて、「緊急」「内密に」と言われたときほど手順を省かないことを、役職に関係なく適用する組織のルールにしておきます。
偽物を見抜くより、崩れない手順をどう組むか。AIを仕事に組み込むときの線引きを、AIを徹底的に使いこなすためだけのコミュニティ「フロンティア・リーダーズ」で、実務を持ち寄りながら探っています:https://frontier-leaders.vercel.app/
2時間で、AI活用術を実践のハンズオンで学べます(過去回のアーカイブ):https://handson.workstyle-evolution.co.jp/
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